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2011中学最後の年

  • 2011/04/01(金) 11:16:15

2011中学最後の年
ー悔しさを糧にできる選手(人)にー


震災への応援は5月初旬に伸びてしまいました。
その変わりと言ってはなんですが、長崎へ出張したのですがその帰りに、のぞみでJRの雑誌WEDG(ウェッジ)に4月号を拝借して(始発博多でたまたまグリーン車を通り、自由にお持ち帰りくださいとあり持ち帰ってしまったが・・・)読んだんですが、震災の記事が全くないので、編集日が震災前(3.11)なんだなと解るんですが、なんか深刻な記事も、今思えば平和だったんだなと妙な気持ちになる。
その中でも、東京電力の「オール電化」の推進PR広告があり、現実とのコントラストを大きく感じました。
我が家もオール電化ですので、この時世少し肩身が狭いですが・・・・。
それにしても、東日本と西日本の周波数の問題が何とかならないものなのでしょうか。



ここでは豊田泰光さんの「チェンジUP」から引用させてもらうことも多々ありますが、その中で
「明日の自分を捨ててこそプロで大成」という記事が3月10日付けで掲載されました。

その中で、斎藤佑樹がオープン戦の初勝利のボールの受け取りを辞退したことの姿勢をほめていました。
記念ボールや賞品をこまめに集める人に大成する人はいないという
私の家にもそんなものほとんどないそうだ。

それが正しいかどうかではありませんが、たまたま打てた時のボールを抱いてもお守りにもならないし、成功体験に酔っていてはたちまち打てなくなってしまう。もし記念ボールがほしいなら、プロ1年目のはじめての“さよなら失策のボールがほしい”というのが面白い。
そこで、私がつっこみを入れるなら、ハンブルならまだ体に触ったのであのボールかと憎らしげに触れる
のだけど、トンネルだったらどうしたものか。 あのときのボールという実感がわかないじゃないだろうか。

肉体的に恵まれ、アマ時代の球歴から活躍間違いなし、という選手がつぶれていくパターンの多くが、一時の成功で勘違いしてしまうことだ。(コラムより)

愚息が1年ほど前に、まさしく打撃を褒められて“俺って天才”といい、勉強しないのにクラスで○番だったと
浮かれていた。今ではそれが大きな勘違いと気づいているだろう・・・(そうでなければただの鈍感)。

成功体験より失敗体験。
失敗の記念ボールではないが、その時の悔しさを忘れない。それを記憶することが人を選手を大きくすることはまちがいない。
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