硬式と軟式 バッティングの違い
知っている人は知っているでしょうが、硬式と軟式は打ち方が違います。両方やった人は肌で感じたでしょう。
実は私も両方を経験しましたが、残念ながらその域に達しませんでした。
私の記憶では“竹バットはつまるとどうしてこんなに手がしびれるのか”ぐらいです。
元オリックスのメジャーリーガー長谷川滋利投手がこんなことを言っています。
「硬式を打つだびに思うことは軟式とは飛ばし方をが違うことです。硬式を飛ばすコツ、それを一言でいうならスピンをかけることです」
スピンをかけるのが上手い選手の代表はヤンキースのアレックス・ロドリゲス三塁手やデレク・ジーターです。彼らのバッティングを見ると刀を斜めに振り下ろすようにスウィングして、打球にスピンを与えることによって、ボールは空気抵抗を引き裂くように飛距離を伸ばしています。
面白いのは彼らが軟式を打ったら同じように打球は飛ばないだろう!きっと最初はポップフライばかりが上がるでしょう(彼らのことですからすぐにコツをつかむでしょうが)
またこれを証明することが、昨年の冬にテレビでプロ野球選手がオフに各地で指導者講習会?(名前は忘れました)が開催され、スカパーで放送されていました。京都では安藤投手(阪神)、檜山選手(阪神)、中島選手(西武)、炭谷捕手(西武)他の参加で湯舟さんが司会をしていたと思います。
投手、野手、捕手の選手が会場(室内)の質問に答えていましたが、打者の質問で司会者が高校生を壇上に上げてTバッティグ(ボールは軟式テニス用だと思います)をした後で、それでは一度プロの方にも打ってもらいましょうということになり、中島選手が打ったのですが、すべてピッチャーフライのような当たり(実際は強烈なスピン)で10m〜20mぐらいしか飛びませんでした。司会者は“プロは球をつぶすように打ちますのでこういうのは飛びません”と苦笑いで補足していました。
球が軟らかくなればバットとコンタクトした瞬間に形が変形して潰れるのでスピンをかけると高く上がるだけで飛距離が出ません。
話を戻してどうしたら軟式は飛ぶかということについて長谷川氏は
ポイントはバットとボールがコンタクトしている瞬間、つまりボールが潰れている間に出来るだけ長い時間バットにボールを乗せておくことが重要で、力がボール伝わり飛距離が伸びるのです。
つまり、そうすればボールを真正面からミートできコンタクト(ボールが潰れる)の時間が延び、うまく力が伝わります。
軟式も新球にかわりよく飛ぶようになりましたが、軟式の特徴はまだ残っていると思います。打者が軟式を飛ばすためには気をつけなければいけないことは、バットを上から叩きつけることでなく、バットを予め低く構えておきレベルスウィグを心がけることです。
ここで注目したい点はひとつ、先の四国アイランドリーグの監督も言っていました。
“上から叩くバッティングでプロへ行った人はいない”
長谷川氏の言葉と共通するものがあります。
私も真ん中より下のストライクゾーンは、絶対レベルスィングを推奨です。詳しくはまた別の機会に話たいと思いますが、バッティングはもし直立して打でば軌道は水平ですが、当然少し屈むのでその分だけ正しいレベルスィングすると軌道は前下がりでアッパー見えます。
いい見本がありました。
そうそう、あの日興コーディアル(この会社私は好きではあいませんが)のイチローのCMでのスウィングは間違いなくレベルです。本人がかがんで背筋がベース側と60度ぐらい?角度があるので、ダウンにも見えますがちゃんと水平(レベル)の軌道で、最短距離でバットが出ています。
それにまさしくインサイドアウトでヘッドの芯は打点に向けて内から外へ向けてぶつけらている感じです。 後ろの五目の罫線もそれを見るのに役立ちます。CMですので消えてしまうかもしれませんがいいお手本になります。
(でも打ち方は天才ですからそんなに真似できるものではありません)
http://www.nikko.co.jp/movie/index.html
それではまた来週
今日から我がチームは合宿へ出かけます。
知っている人は知っているでしょうが、硬式と軟式は打ち方が違います。両方やった人は肌で感じたでしょう。
実は私も両方を経験しましたが、残念ながらその域に達しませんでした。
私の記憶では“竹バットはつまるとどうしてこんなに手がしびれるのか”ぐらいです。

元オリックスのメジャーリーガー長谷川滋利投手がこんなことを言っています。
「硬式を打つだびに思うことは軟式とは飛ばし方をが違うことです。硬式を飛ばすコツ、それを一言でいうならスピンをかけることです」
スピンをかけるのが上手い選手の代表はヤンキースのアレックス・ロドリゲス三塁手やデレク・ジーターです。彼らのバッティングを見ると刀を斜めに振り下ろすようにスウィングして、打球にスピンを与えることによって、ボールは空気抵抗を引き裂くように飛距離を伸ばしています。
面白いのは彼らが軟式を打ったら同じように打球は飛ばないだろう!きっと最初はポップフライばかりが上がるでしょう(彼らのことですからすぐにコツをつかむでしょうが)
またこれを証明することが、昨年の冬にテレビでプロ野球選手がオフに各地で指導者講習会?(名前は忘れました)が開催され、スカパーで放送されていました。京都では安藤投手(阪神)、檜山選手(阪神)、中島選手(西武)、炭谷捕手(西武)他の参加で湯舟さんが司会をしていたと思います。
投手、野手、捕手の選手が会場(室内)の質問に答えていましたが、打者の質問で司会者が高校生を壇上に上げてTバッティグ(ボールは軟式テニス用だと思います)をした後で、それでは一度プロの方にも打ってもらいましょうということになり、中島選手が打ったのですが、すべてピッチャーフライのような当たり(実際は強烈なスピン)で10m〜20mぐらいしか飛びませんでした。司会者は“プロは球をつぶすように打ちますのでこういうのは飛びません”と苦笑いで補足していました。
球が軟らかくなればバットとコンタクトした瞬間に形が変形して潰れるのでスピンをかけると高く上がるだけで飛距離が出ません。
話を戻してどうしたら軟式は飛ぶかということについて長谷川氏は
ポイントはバットとボールがコンタクトしている瞬間、つまりボールが潰れている間に出来るだけ長い時間バットにボールを乗せておくことが重要で、力がボール伝わり飛距離が伸びるのです。
つまり、そうすればボールを真正面からミートできコンタクト(ボールが潰れる)の時間が延び、うまく力が伝わります。
軟式も新球にかわりよく飛ぶようになりましたが、軟式の特徴はまだ残っていると思います。打者が軟式を飛ばすためには気をつけなければいけないことは、バットを上から叩きつけることでなく、バットを予め低く構えておきレベルスウィグを心がけることです。
ここで注目したい点はひとつ、先の四国アイランドリーグの監督も言っていました。
“上から叩くバッティングでプロへ行った人はいない”
長谷川氏の言葉と共通するものがあります。
私も真ん中より下のストライクゾーンは、絶対レベルスィングを推奨です。詳しくはまた別の機会に話たいと思いますが、バッティングはもし直立して打でば軌道は水平ですが、当然少し屈むのでその分だけ正しいレベルスィングすると軌道は前下がりでアッパー見えます。
いい見本がありました。
そうそう、あの日興コーディアル(この会社私は好きではあいませんが)のイチローのCMでのスウィングは間違いなくレベルです。本人がかがんで背筋がベース側と60度ぐらい?角度があるので、ダウンにも見えますがちゃんと水平(レベル)の軌道で、最短距離でバットが出ています。
それにまさしくインサイドアウトでヘッドの芯は打点に向けて内から外へ向けてぶつけらている感じです。 後ろの五目の罫線もそれを見るのに役立ちます。CMですので消えてしまうかもしれませんがいいお手本になります。
(でも打ち方は天才ですからそんなに真似できるものではありません)
http://www.nikko.co.jp/movie/index.html
それではまた来週
今日から我がチームは合宿へ出かけます。
野球の情報を探している時に、
四国アイランドリーグ 香川オリーブガイナーズ
監督 芦沢真矢氏の
「夢に向かう青少年と支援する大人たち」へという講演がヒットしました。
共感できるところも多いですし、やはり、プロ野球経験者のお話は重みがあります。HP版とテキスト版を用意しましたのでご一読を勧めます。
http://ww8.tiki.ne.jp/~youth-net/3-6-18soukaiyousi.htm
テキスト版は下記の通りです
平成18年度青少年育成香川県民会議総会記念講演(要旨)
夢に向かう青少年と支援する大人たち
香川オリーブガイナーズ 監督 芦 沢 真 矢 氏
みなさんこんにちは。僕はこういう会場で、お話をしたことはありません。非常に緊張しております。今日は何をしゃべるかちょっとわかりませんけれども、最後までお付き合いをお願いします。
自分の自己紹介の補足として言わせていただきます。私は山梨県の現在南アルプス市という所で生まれました。町の有名人といたしましては、東京タワー、歌舞伎座、通天閣などの設計に携わった内藤多仲工学博士、その方が同じ村の出身であります。高校の先輩といたしましては、東洋の魔女のキャプテン、河西昌枝さんが高校の先輩であります。
夢に向かう青少年という話なんですが、ここにいらっしゃるみなさまは、青少年と向かい合って長い経験がおありだと思います。僕みたいなものがお話しするのは心苦しいのですが、僕の経験上、感じたことをお話したいと思います。
少年野球から考えること
(1) 子どもの主体性を大切にする
まず、少年野球の監督、父兄がグランドへ出てまいります。そうして観察しておりますと、まず一番気になるのが、親がしゃしゃり出てきすぎだということです。試合が始まりますと「○○ちゃん、暑いから冷たいタオルどうぞ。」「のどが渇いたでしょう、水どうぞ。」と至れり尽くせりですよね。僕らから言わせてもらいますと、のどが渇けば勝手に飲むよ、暑けりゃ勝手に涼をとるよということです。何から何までめんどうを見るものですから、子どもは、自分からしようとしません。
この間、ある同僚と話をしていましたら、こんな生徒がいたそうです。試合の日にはユニフォームで来ますよね、グランドに。見てみますと、野球のストッキングをはいていない。「なぜ、おまえはいていないんだ。」って指摘しましたところ、「えっ、はいてない?」と、そのとき気がついたらしいんですね。これはどういうことかと申しますと、その母親が毎朝全部、畳んで用意してくれているらしいんです。ですから子どもは、それを着ていけば、間違いないと思っているんですね。ですから、母親の用意してくれたもので、満足しているんです。自分は何にも考えないで、グランドに出てしまうんですね。推測するにその親は、「私の言うことを聞いておけば間違いないわよ。」と言ってるんじゃないかと推測できます。
そういう考えを持たない子どもになんで育つかというのは、そういうのが一因なんですけれども、試合が終わって、例えば、ホームランを打ったとき、家族で焼肉を食べに行ったりします。4打数ノーヒットだったら、「おまえ、うちの子じゃないよ。」「お前、外で立っておけ。」「外で素振りしておけ。」となるんです。打ったときだけうちの子で、打たなかったら他人の子やと、そうこうするうちに子どもは、親の目を見て、親の機嫌をうかがいながら、行動するようになります。認められるにはどうすればいいか、結果を出さなきゃいけない。でも野球というスポーツは、失敗が主ですよね。バッターで言うと、7回、8回は失敗します。でも、親が認めてくれないと子どもはその7回、8回の失敗の方に気持ちがフォーカスされます。成功したときの喜びよりも失敗したときの悲しさをフォーカスしまして、行動が限られて堅苦しい子どもになります。周りの目を気にして、大人の顔色をうかがって、こういう悪循環に陥りやすいと思います。
少年野球を見ていて一番悲しいのは、そういうきょろきょろした少年を見ることです。自分が小さいとき、うちの親は豆腐屋でした。昼は豆腐屋、散髪屋、夜は、食堂と、子どもの相手をしている暇がなかったんですね。働くことに一生懸命で。逆に、相手をされなかったことで、考える知恵がつきました。いいときも悪いときも何も言ってくれません。何も興味がないというわけではなくて、子どもの責任の範囲に任せるんですね。
何が良かったかというと、中学時代に、一度野球部をやめたいと母親にお願いしたことがあります。先輩からケツバットをもらいました。痛いです。座れません。そんな状態で、母親に訴えかけましたところ、男が一度始めたことは、途中でやめるなと、普段何も言わない母親が僕に言ってきました。補欠でもいいから、最後までやりなさいと。親のあり方としましたら、自分の親がそうだったからというわけではありませんが、理想としたら、子どもの自主性に任せるのがベストではないかと、僕は現在思っております。
高校に入りましても、僕は高校1年まで補欠でした。当時の3年生、甲子園に出たのは6人いました。他の5人はレギュラーでやっていまして、僕はその同級生のレギュラーが打った球を靴下を脱いで、田んぼの中に拾いに行った思い出があります。そういう状態でも、何が良かったかと言いますと、その5人のレギュラーは親がしゃしゃり出てくるんですね。「もっと活躍してくれ。」「お前、ここはこうしたらいい。」「夜は素振り、300回しなさい。」「帰りは走って帰りなさい。」と。ところが、うちの親は何にも言いません。打とうが打てまいが、補欠だろうが何にも言いません。
ただ僕は、何にも言われないけれども、子ども心に悔しいです。やっぱり同級生と同じように試合に出て頑張りたい。そういう思いが芽生えたときから、自主的な練習を始めました。夜帰って300回タイヤを叩く、風呂の中で1000回手首の運動をする。そういうのを自分に課しました。それで次の日学校へ行きますと、その効果が顕著に現れるんですね。ボールは地を這うような球が投げられる。打球はフェンスを越える、毎日楽しい結果が出るので練習に励むことができました。それもこれも、親から強制されなかったから、芽生えた気持ちじゃないかと思います。人からやれと言われたら、人間ってやりたくないですよね。僕は現在48歳ですが、やれと言われるとやりません。しょうがなく生活のためにやることはありますが、自分の意思が通るところでは絶対譲りません。それが先輩であろうが意見はします。そんなふうに育ってまいりました。
(2) 勝利至上主義がもたらしたもの
少年野球の2点目の問題は、現在少年野球は勝利至上主義です。勝つこと第一になっているんじゃないかと思います。監督やコーチの名誉のために戦っている、勝つにはゴロを打ちなさいとか、右打ちしなさいとか少年野球にあるまじきアドバイスが多いわけです。子どもはみんな、ホームランを打ちたくて野球を始めました。速い球を投げたくて野球を始めています。そんな中でゴロを打ちなさいってどういうことだということです。長いスパンでその選手を見た場合には、大成しません。指導者のエゴで子どもに勝つための要求をする。これが一番の問題だと思います。
子どもの成長を長いスパンで見れば、ゴロを打った選手が、プロへ入ったかというと、入れませんね。一歩間違えばホームランも出た、こういう選手がプロへ行けるんですね。なのに、子どもたちに教えるのは「ゴロを打て」です。おかしいと思いませんか。これはやっぱり、監督、コーチのエゴだと思います。
(3) 子どもを伸ばすための環境
三つ目の問題点は環境ですね。もちろんグランド等の環境もありますが、一番関係してくるのが人間関係。コーチ、監督に対する選手への言葉とか親子の環境とかそういうことだと思います。子どもに「何が楽しいか」とアンケートをとったら、子どもは何が楽しいと答えたとお思いでしょうか。ホームランを打ったことが楽しいと答えたでしょうか。完封したから楽しいと答えたでしょうか。違います。子どもが答えたのは、一生懸命やるということです。一生懸命やれば楽しいそうです。ということは、私たち大人は子どもたちに、楽しくできる環境を作ってあげなければいけない。精神的にも楽しい状況を作ってあげなければいけない。こういうことが分かってくると思います。
打てなければ楽しくない、ということになりますと、補欠選手、レギュラーじゃない選手は、常に楽しくないという結果になります。スポ少は、部員が30名〜40名というところもあると思います。レギュラー9人以外は全員楽しくないということになってしまいますから、その辺、監督、コーチ、親御さんたちが作る環境が子どもたちの伸びしろを伸ばすかどうかというところにかかってくると思います。
今問題点を三つ挙げましたけれども、思春期のお子さんをお持ちの方、例えば、女の子ですと早いですね、10歳くらいから思春期が始まります。男ですと12歳ということになります。スポ少を見に行きますと、大きい子もいれば小さい子もいます。大きい子というのは思春期に入ってる子もいますね。でも、思春期の不器用という言葉がありまして、思春期になると、今までできていたことができなくなったりします。何で今できないんだよと責めるのではなくて、知識があればその場を軽く対処できるものを、指導者の方が、そういう知識がないばかりに、今までできていたものができないのは、お前の努力が足りないからだと言って生徒を責めたりします。地域の野球を教える、スポーツを教える指導者の方々が、こういう知識を持ってほしいと、切に願っています。
なぜ、野球人口が減ったのか
現在、野球人口が減っていると言われています。WBCのお陰で興味が回復したかに見えますが、なぜ野球人口が減ったかということについて僕なりに感じていることを話してみます。
小学校、中学校で勝つ野球を目指します。当然、監督、コーチの指導は激しくなります。激しくなると、理不尽に怒られることもあります。怒られることが多くなります。そうしますと、楽しくて野球を始めたのに、怒られるために野球をやっていると感じます。それで、バーンアウト、燃え尽き症候群となるのです。小学校でこれだけ怒られたから、もう中学校では、他の部で気楽にやりたいよという気持ちになっちゃうと思います。ですから小学校、中学校、高校と上がるときに、長いスパンで見た指導ができれば、野球を嫌いにならない環境づくりが急務だと思われます。実際僕が野球を続けられたのは、うるさく言う大人がいなかったからです。
多くの大人、監督、コーチは選手に期待します。期待というのは、結果待ちです。結果を求めています。そうじゃないですか。あなたに期待しています。荒川静香選手に金メダルを期待しています。例えば、これが、「あなたを応援しています」となりますと、これは結果を求めていません。良かろうが悪かろうが、応援します。マザーテレサの無償の愛ですね。今、僕はアイランドリーグで監督をやっていますが、二十歳そこそこの若者といえども子どもです。僕は選手には応援しますと言っています。期待はしていません。100人いますけれどもプロに行けるのは1人か2人。期待していたら、僕は毎日怒っていなければなりません。ですからこの応援というのがキーワードだと思います。期待はされない方がいいということですね。
今しかできないことをする
僕が、なぜプロ野球に入れたかということをお話したいと思います。僕はプロ野球を目指したことは一度もありません。プロ野球っていいなくらいしか思ったことがありません。さっき申しましたように、高校時代、1年生は補欠でした。悔しい思いで毎日練習しました。これも人から押し付けられた練習ではなく、自分で考えた練習で。すると、見る見るごぼう抜きしてしまいました。たまたま他の選手を見に来ていたスカウトがいたんですね。その日の試合で5打数5安打、三塁打2本、6打点というとんでもない活躍をしたんです。ということは人間って運じゃないの。普段頑張っていれば、向こうからやってくるのです。
アイランドリーグの選手もそうですが、プロ野球に行くという大きな目標があります。それに向かって毎日練習しています。そして週末は試合をしています。この目標をあまりにも思いすぎて、練習、試合の足元が見えていません。今しなきゃいけないことを忘れてしまっています。ですから僕は試合の前に必ず言います。足元を見ていけよと。今しなきゃいけないことは何なのか。できることはいっぱいないよ。今しかできないことをしなさいと。試合で出た結果は、お前の運命だと。悪く出たものはしようがない。取り返しがつかない。冷たいようですが、そんなふうに言うことがあります。
これは人を見て言っていますが、神経質な選手には、気楽になるように、打てなくてもしようがないじゃないか、頑張ったんだから、そういうプロセスが大事なんだからと言います。野球をやめて一般社会に出たときに、役に立つことがあるだろうと言います。実際、僕もこのアイランドリーグに来る前に、一般の仕事をしました。建設機器のユンボに乗りました。フライパンを振って酒を売ってました。でも僕はその仕事を一時たりともおろそかにしたことはありません。一生懸命やる、今この仕事を一生懸命しなければ、次何をしても一生懸命できない、そういうことを、自分自身が感じてるんですね。これもやはり先ほどから申しましたように、小さいときからのそういう習慣ではなかろうかと思います。
支援する大人に望むこと
(1) 認めるということ
子どもには、自立した子どもになってほしいですよね。親御さんに求めることが2〜3あります。子どもを認めてあげるということです。先ほど、パンフレットをいただきましたが、そこに「子どもたちの良い所を認めてほめる」と書いてあります。みなさんは、青少年と長いことお付き合いしてて、こういうことをわかっていらっしゃいます。でも先ほど申しましたように親は、認めませんよね。打ったときだけ認めます。いい結果のときだけ認めます。ですから、どんなときでも認めてあげてほしいと思います。例えば忘れ物をして、親が「これ、忘れ物よ。」と言うのではなく、恥をかかせてほしいと思います。恥をかかせて、自分で用意させる習慣をつけさせてほしいと思います。親が子どもに対して、過干渉、干渉が過ぎないということをお願いしたいです。
野球をやってるお子さんであれば、野球がへたくそであっても、人に優しかったり、よく気がついたり、道具の後片付けができるとか、良いところがあるはずです。そういうところをほめてあげてほしいと思います。
(2) 可能性を伸ばすということ−専門化しない−
大人のかかわりあいということで、今まで気持ちの問題も話してまいりましたが、もう一つ、僕が、子どもたちにしてあげたいなと思っていることがあります。それは、そのスポーツに対して専門化してほしくないということです。自分自身、小さいときから、野球もやり、水泳もやり、サッカーもやりと、いろんなことをやってまいりました。なぜかと言いますと、スポ少がなかったからです。大会もそうありません。ですから、好きなことができたんですね。今はスポ少に入って野球をやるといいますと、一年中野球をやってますよね。その子どもがもしかしたら、絵が上手かもしれない。音楽的才能があるかもしれない。いろんな可能性があるわけですよね。
実際僕は自分で、感じたことは、プロ野球に入りまして、先輩にクラブへ連れて行かれたときに、そこで、男の人がピアノを弾いたりしますよね。うわぁ、格好いいな、俺もピアノが弾けたら格好いいと思うなと、ふと思ったことがあります。ヴァイオリンが弾けてもいいし、例えば、この年になると社交ダンスができたらいいなと思いますよね。子どもの可能性を狭めないということが一番重要ではないかと思います。今、文部科学省では、いろんな遊びをさせてくださいと言っています。そういうように専門化しすぎないということが重要ではないかと思います。ということは、いろんなものと触れ合うということですね。
専門化しすぎる原因として、試合数が多すぎるということが挙げられます。年間何十試合もします。先ほどから言いますように、レギュラーは楽しいですよね。試合ができるから。スポ少の補欠の選手たちはどんな気持ちでいるのかと、ちょっと心配になるときがあります。スポ少のあり方としたら、年間の試合の数は5試合くらいに留めて、普通の練習の場を多く設けて、人間関係を学ぶなり、あいさつを学ぶなり、いろんなことを学ぶ場にしてほしいと思っています。バランスの取れた人間になれるように子どものうちから、専門家しないように気をつけてほしいと思います。
(3) 指導の仕方から学ぶこと
コーチについてお話します。みなさん、何か習い事をしていますか。例えば、これは実際にあった話なんですが、テニスのレッスンプロが、ある選手に、テニスは下から上に上げるんですよね。下まで落ちてないというのを事細かに教えたわけです、口で。肘はこう使って下からこう上げて、教えたけれども直りません、その選手は。でも難しいことをいっぱい教えてもらったから、高いレッスン料を気分よく払いました。
でも、あるコーチが、鏡を見たらと言って、鏡を見せました。すると、一瞬にして直りました。コーチ料、ただです。でも、人間の特性として難しいこと、専門的なことを言われると、お金を払いませんか。払いますよね。僕は、今まではそうでした。鏡を見せられただけで、レッスン料5万円ですと言われたら腹が立ちますよ。でも、実際の所、鏡がベストなんですね。小難しいことを言われたら、こっちが満足しているだけで、スポーツとしての体の動きは会得できないわけです。今監督としてやってますけれども、言葉で伝えてもなかなか伝わりません。ですから、一目瞭然ということがありますが、ビデオを見せたり、鏡の前でバットを振らせてみたりと考えて指導しております。
教えすぎが害になるということを、僕は今注意をしてやっております。僕が広島へコーチで行ったときに、みなさん、安仁屋さんという方をご存知ですか。沖縄出身の名ピッチャーです。その人が僕にこんな質問をしてきました。「芦沢、コーチとしての資質とは何だ。」と。僕はコーチ1年目です。「分かりません。教えてください。」と言いました。「じゃ、教えてあげる。コーチとは、黙っておくことだ。」と言われました。「えっ、教えないの。」「いや、教えるんだけれども、一週間は黙って様子を見なさい。」と言われたのです。名コーチというのは、黙っているのが名コーチだそうです。毎日毎日、気がついたことをああじゃない、こうじゃないと伝えると、選手はパニック状態に陥ります。結局何を教えているか焦点が見えなくなって、選手の上達が見込めなくなります。そういうことが今の僕を作っているわけですが、今のオリーブガイナーズの選手には、僕は、あまり教えてないと写っているかもしれません。
心の窓を開くことの大切さ
大切な事を忘れていましたが、心の窓を開くということがあります。青少年、大人もそうですが、心が広がったときというのは、人のことは聞きやすいんですよね。では、どうしたら心が広がるか、広がらない状況の例からお話します。例えば、みんなで食事会がある。対面に嫌いな人が座った。みなさん、どうですか。心のモチベーションは。キューッと小さくなっていますよね。例えば、朝の出勤時、今信号が青なので、今突っ込めば間に合うというときに、黄色から赤に変わった。どうですか、心のモチベーションは落ちますよね。朝からツイてないやということになります。そういう黄色から赤に変わった状態、対面に嫌いな人がいる状態をグランドに出たときに、僕たちが作ってはいけないということを注意しています。朝、選手と顔を合わせて、僕が難しい顔をして、選手がおはようございますと言ったとき、「おはよう。」と低い声で答えたとします。もう選手は、モチベーションが落ちます。そういう状態で何を教えても、信用が得られていませんから、選手は、聞く耳を持ってくれません。
心の状態を保つために
(1) 相手を認める
心の状態を大きく保つために、注意している事が2〜3あります。一つは見下した物の言い方をしない。先ほどから言いましたように、その子を認めた話をする。「だから、お前だめなんだよ。」「さっき言ったじゃないか。」こういう言葉を吐きますと、なかなか選手は心を開いてくれません。心の状態がいい状態、いい環境をつくるために、僕は一番重要ではないかなと思っています。
僕の紹介で先ほどありましたが、僕はいつも笑っているという印象があるらしいんですね。穏やかでニコニコしているという、でも僕はそれでいいんじゃないかと思っています。うちのリーグにいる選手はもう二十歳を越えています。僕が、いくら話のレベルを落とそうとも、選手は一線を越えてまいりません。監督という肩書きがある以上、僕が本当に間違った行動をしない限りは、僕が話のレベルを落としてもそれ以上突っ込んできません。なあなあになることはありません。選手の方から、「監督、どうですか。」と話しかけてくるようになりますと、選手も聞く耳を持っていますから、説得力は数倍増すと思います。
(2) 普段と同じ状態で接すること
指導者というものは、いかなるときも同じ状態でいなければならないということです。ということは、例えば、アイランドリーグで言いますと、親御さんたちが、見に来ますよね。そういうときに、普段と同じ接し方ができるかどうかなんです。普段、暴言を吐いていて、親が来たときに、「これこれ、こういうふうにしなよ。」と態度が変わるのは選手は見ていますよ。実際、僕が選手のときに見ていました。監督、コーチの挙動を。そして、「なんだ、あのコーチは。」というふうになりますね。親が来たときにコロッと態度が変わりますと。そうすると、もうその時点でそのコーチの信用はなくなります。普段からガイナーズはハイタッチをやるんですが、僕は、選手に頭突きを食らわしたりということをしています。これは、親が来てもやろうと思っていますが、普段と同じ状態で選手と接することが重要だと思っています。
最後に
四国アイランドリーグはまだまだ子どもです。先ほども言いましたように、子どもは認めてもらわないと、大きくなれません。アイランドリーグを認めてください。認知してください。ぜひ、みなさまに認めていただいて、アイランドリーグが大きくなるように、御協力、御支援のほどお願い申し上げまして今日のお話とさせていただきます。長い時間、ありがとうございました。
いかがでしたか、とてもよい講演でした。
私のような子どもに練習を強制させる親はよくないのかな?これも自戒することとして、私も共感できた箇所もたくさんあります。
本ブログの読者の方も簡単でよいので、今回はご意見をお聞かせ下さい。
私も次回に少しだけ感想を述べてみたいと思います。
私も何かと非力ですが、小さな東濃、中濃、愛知東部地域ぐらいを対象に少年野球に何か尽力できないか考えていますので、後々公開させていただきますのでよろしくお願いします。(おわり)
四国アイランドリーグ 香川オリーブガイナーズ
監督 芦沢真矢氏の
「夢に向かう青少年と支援する大人たち」へという講演がヒットしました。
共感できるところも多いですし、やはり、プロ野球経験者のお話は重みがあります。HP版とテキスト版を用意しましたのでご一読を勧めます。
http://ww8.tiki.ne.jp/~youth-net/3-6-18soukaiyousi.htm
テキスト版は下記の通りです
平成18年度青少年育成香川県民会議総会記念講演(要旨)
夢に向かう青少年と支援する大人たち
香川オリーブガイナーズ 監督 芦 沢 真 矢 氏
みなさんこんにちは。僕はこういう会場で、お話をしたことはありません。非常に緊張しております。今日は何をしゃべるかちょっとわかりませんけれども、最後までお付き合いをお願いします。
自分の自己紹介の補足として言わせていただきます。私は山梨県の現在南アルプス市という所で生まれました。町の有名人といたしましては、東京タワー、歌舞伎座、通天閣などの設計に携わった内藤多仲工学博士、その方が同じ村の出身であります。高校の先輩といたしましては、東洋の魔女のキャプテン、河西昌枝さんが高校の先輩であります。
夢に向かう青少年という話なんですが、ここにいらっしゃるみなさまは、青少年と向かい合って長い経験がおありだと思います。僕みたいなものがお話しするのは心苦しいのですが、僕の経験上、感じたことをお話したいと思います。
少年野球から考えること
(1) 子どもの主体性を大切にする
まず、少年野球の監督、父兄がグランドへ出てまいります。そうして観察しておりますと、まず一番気になるのが、親がしゃしゃり出てきすぎだということです。試合が始まりますと「○○ちゃん、暑いから冷たいタオルどうぞ。」「のどが渇いたでしょう、水どうぞ。」と至れり尽くせりですよね。僕らから言わせてもらいますと、のどが渇けば勝手に飲むよ、暑けりゃ勝手に涼をとるよということです。何から何までめんどうを見るものですから、子どもは、自分からしようとしません。
この間、ある同僚と話をしていましたら、こんな生徒がいたそうです。試合の日にはユニフォームで来ますよね、グランドに。見てみますと、野球のストッキングをはいていない。「なぜ、おまえはいていないんだ。」って指摘しましたところ、「えっ、はいてない?」と、そのとき気がついたらしいんですね。これはどういうことかと申しますと、その母親が毎朝全部、畳んで用意してくれているらしいんです。ですから子どもは、それを着ていけば、間違いないと思っているんですね。ですから、母親の用意してくれたもので、満足しているんです。自分は何にも考えないで、グランドに出てしまうんですね。推測するにその親は、「私の言うことを聞いておけば間違いないわよ。」と言ってるんじゃないかと推測できます。
そういう考えを持たない子どもになんで育つかというのは、そういうのが一因なんですけれども、試合が終わって、例えば、ホームランを打ったとき、家族で焼肉を食べに行ったりします。4打数ノーヒットだったら、「おまえ、うちの子じゃないよ。」「お前、外で立っておけ。」「外で素振りしておけ。」となるんです。打ったときだけうちの子で、打たなかったら他人の子やと、そうこうするうちに子どもは、親の目を見て、親の機嫌をうかがいながら、行動するようになります。認められるにはどうすればいいか、結果を出さなきゃいけない。でも野球というスポーツは、失敗が主ですよね。バッターで言うと、7回、8回は失敗します。でも、親が認めてくれないと子どもはその7回、8回の失敗の方に気持ちがフォーカスされます。成功したときの喜びよりも失敗したときの悲しさをフォーカスしまして、行動が限られて堅苦しい子どもになります。周りの目を気にして、大人の顔色をうかがって、こういう悪循環に陥りやすいと思います。
少年野球を見ていて一番悲しいのは、そういうきょろきょろした少年を見ることです。自分が小さいとき、うちの親は豆腐屋でした。昼は豆腐屋、散髪屋、夜は、食堂と、子どもの相手をしている暇がなかったんですね。働くことに一生懸命で。逆に、相手をされなかったことで、考える知恵がつきました。いいときも悪いときも何も言ってくれません。何も興味がないというわけではなくて、子どもの責任の範囲に任せるんですね。
何が良かったかというと、中学時代に、一度野球部をやめたいと母親にお願いしたことがあります。先輩からケツバットをもらいました。痛いです。座れません。そんな状態で、母親に訴えかけましたところ、男が一度始めたことは、途中でやめるなと、普段何も言わない母親が僕に言ってきました。補欠でもいいから、最後までやりなさいと。親のあり方としましたら、自分の親がそうだったからというわけではありませんが、理想としたら、子どもの自主性に任せるのがベストではないかと、僕は現在思っております。
高校に入りましても、僕は高校1年まで補欠でした。当時の3年生、甲子園に出たのは6人いました。他の5人はレギュラーでやっていまして、僕はその同級生のレギュラーが打った球を靴下を脱いで、田んぼの中に拾いに行った思い出があります。そういう状態でも、何が良かったかと言いますと、その5人のレギュラーは親がしゃしゃり出てくるんですね。「もっと活躍してくれ。」「お前、ここはこうしたらいい。」「夜は素振り、300回しなさい。」「帰りは走って帰りなさい。」と。ところが、うちの親は何にも言いません。打とうが打てまいが、補欠だろうが何にも言いません。
ただ僕は、何にも言われないけれども、子ども心に悔しいです。やっぱり同級生と同じように試合に出て頑張りたい。そういう思いが芽生えたときから、自主的な練習を始めました。夜帰って300回タイヤを叩く、風呂の中で1000回手首の運動をする。そういうのを自分に課しました。それで次の日学校へ行きますと、その効果が顕著に現れるんですね。ボールは地を這うような球が投げられる。打球はフェンスを越える、毎日楽しい結果が出るので練習に励むことができました。それもこれも、親から強制されなかったから、芽生えた気持ちじゃないかと思います。人からやれと言われたら、人間ってやりたくないですよね。僕は現在48歳ですが、やれと言われるとやりません。しょうがなく生活のためにやることはありますが、自分の意思が通るところでは絶対譲りません。それが先輩であろうが意見はします。そんなふうに育ってまいりました。
(2) 勝利至上主義がもたらしたもの
少年野球の2点目の問題は、現在少年野球は勝利至上主義です。勝つこと第一になっているんじゃないかと思います。監督やコーチの名誉のために戦っている、勝つにはゴロを打ちなさいとか、右打ちしなさいとか少年野球にあるまじきアドバイスが多いわけです。子どもはみんな、ホームランを打ちたくて野球を始めました。速い球を投げたくて野球を始めています。そんな中でゴロを打ちなさいってどういうことだということです。長いスパンでその選手を見た場合には、大成しません。指導者のエゴで子どもに勝つための要求をする。これが一番の問題だと思います。
子どもの成長を長いスパンで見れば、ゴロを打った選手が、プロへ入ったかというと、入れませんね。一歩間違えばホームランも出た、こういう選手がプロへ行けるんですね。なのに、子どもたちに教えるのは「ゴロを打て」です。おかしいと思いませんか。これはやっぱり、監督、コーチのエゴだと思います。
(3) 子どもを伸ばすための環境
三つ目の問題点は環境ですね。もちろんグランド等の環境もありますが、一番関係してくるのが人間関係。コーチ、監督に対する選手への言葉とか親子の環境とかそういうことだと思います。子どもに「何が楽しいか」とアンケートをとったら、子どもは何が楽しいと答えたとお思いでしょうか。ホームランを打ったことが楽しいと答えたでしょうか。完封したから楽しいと答えたでしょうか。違います。子どもが答えたのは、一生懸命やるということです。一生懸命やれば楽しいそうです。ということは、私たち大人は子どもたちに、楽しくできる環境を作ってあげなければいけない。精神的にも楽しい状況を作ってあげなければいけない。こういうことが分かってくると思います。
打てなければ楽しくない、ということになりますと、補欠選手、レギュラーじゃない選手は、常に楽しくないという結果になります。スポ少は、部員が30名〜40名というところもあると思います。レギュラー9人以外は全員楽しくないということになってしまいますから、その辺、監督、コーチ、親御さんたちが作る環境が子どもたちの伸びしろを伸ばすかどうかというところにかかってくると思います。
今問題点を三つ挙げましたけれども、思春期のお子さんをお持ちの方、例えば、女の子ですと早いですね、10歳くらいから思春期が始まります。男ですと12歳ということになります。スポ少を見に行きますと、大きい子もいれば小さい子もいます。大きい子というのは思春期に入ってる子もいますね。でも、思春期の不器用という言葉がありまして、思春期になると、今までできていたことができなくなったりします。何で今できないんだよと責めるのではなくて、知識があればその場を軽く対処できるものを、指導者の方が、そういう知識がないばかりに、今までできていたものができないのは、お前の努力が足りないからだと言って生徒を責めたりします。地域の野球を教える、スポーツを教える指導者の方々が、こういう知識を持ってほしいと、切に願っています。
なぜ、野球人口が減ったのか
現在、野球人口が減っていると言われています。WBCのお陰で興味が回復したかに見えますが、なぜ野球人口が減ったかということについて僕なりに感じていることを話してみます。
小学校、中学校で勝つ野球を目指します。当然、監督、コーチの指導は激しくなります。激しくなると、理不尽に怒られることもあります。怒られることが多くなります。そうしますと、楽しくて野球を始めたのに、怒られるために野球をやっていると感じます。それで、バーンアウト、燃え尽き症候群となるのです。小学校でこれだけ怒られたから、もう中学校では、他の部で気楽にやりたいよという気持ちになっちゃうと思います。ですから小学校、中学校、高校と上がるときに、長いスパンで見た指導ができれば、野球を嫌いにならない環境づくりが急務だと思われます。実際僕が野球を続けられたのは、うるさく言う大人がいなかったからです。
多くの大人、監督、コーチは選手に期待します。期待というのは、結果待ちです。結果を求めています。そうじゃないですか。あなたに期待しています。荒川静香選手に金メダルを期待しています。例えば、これが、「あなたを応援しています」となりますと、これは結果を求めていません。良かろうが悪かろうが、応援します。マザーテレサの無償の愛ですね。今、僕はアイランドリーグで監督をやっていますが、二十歳そこそこの若者といえども子どもです。僕は選手には応援しますと言っています。期待はしていません。100人いますけれどもプロに行けるのは1人か2人。期待していたら、僕は毎日怒っていなければなりません。ですからこの応援というのがキーワードだと思います。期待はされない方がいいということですね。
今しかできないことをする
僕が、なぜプロ野球に入れたかということをお話したいと思います。僕はプロ野球を目指したことは一度もありません。プロ野球っていいなくらいしか思ったことがありません。さっき申しましたように、高校時代、1年生は補欠でした。悔しい思いで毎日練習しました。これも人から押し付けられた練習ではなく、自分で考えた練習で。すると、見る見るごぼう抜きしてしまいました。たまたま他の選手を見に来ていたスカウトがいたんですね。その日の試合で5打数5安打、三塁打2本、6打点というとんでもない活躍をしたんです。ということは人間って運じゃないの。普段頑張っていれば、向こうからやってくるのです。
アイランドリーグの選手もそうですが、プロ野球に行くという大きな目標があります。それに向かって毎日練習しています。そして週末は試合をしています。この目標をあまりにも思いすぎて、練習、試合の足元が見えていません。今しなきゃいけないことを忘れてしまっています。ですから僕は試合の前に必ず言います。足元を見ていけよと。今しなきゃいけないことは何なのか。できることはいっぱいないよ。今しかできないことをしなさいと。試合で出た結果は、お前の運命だと。悪く出たものはしようがない。取り返しがつかない。冷たいようですが、そんなふうに言うことがあります。
これは人を見て言っていますが、神経質な選手には、気楽になるように、打てなくてもしようがないじゃないか、頑張ったんだから、そういうプロセスが大事なんだからと言います。野球をやめて一般社会に出たときに、役に立つことがあるだろうと言います。実際、僕もこのアイランドリーグに来る前に、一般の仕事をしました。建設機器のユンボに乗りました。フライパンを振って酒を売ってました。でも僕はその仕事を一時たりともおろそかにしたことはありません。一生懸命やる、今この仕事を一生懸命しなければ、次何をしても一生懸命できない、そういうことを、自分自身が感じてるんですね。これもやはり先ほどから申しましたように、小さいときからのそういう習慣ではなかろうかと思います。
支援する大人に望むこと
(1) 認めるということ
子どもには、自立した子どもになってほしいですよね。親御さんに求めることが2〜3あります。子どもを認めてあげるということです。先ほど、パンフレットをいただきましたが、そこに「子どもたちの良い所を認めてほめる」と書いてあります。みなさんは、青少年と長いことお付き合いしてて、こういうことをわかっていらっしゃいます。でも先ほど申しましたように親は、認めませんよね。打ったときだけ認めます。いい結果のときだけ認めます。ですから、どんなときでも認めてあげてほしいと思います。例えば忘れ物をして、親が「これ、忘れ物よ。」と言うのではなく、恥をかかせてほしいと思います。恥をかかせて、自分で用意させる習慣をつけさせてほしいと思います。親が子どもに対して、過干渉、干渉が過ぎないということをお願いしたいです。
野球をやってるお子さんであれば、野球がへたくそであっても、人に優しかったり、よく気がついたり、道具の後片付けができるとか、良いところがあるはずです。そういうところをほめてあげてほしいと思います。
(2) 可能性を伸ばすということ−専門化しない−
大人のかかわりあいということで、今まで気持ちの問題も話してまいりましたが、もう一つ、僕が、子どもたちにしてあげたいなと思っていることがあります。それは、そのスポーツに対して専門化してほしくないということです。自分自身、小さいときから、野球もやり、水泳もやり、サッカーもやりと、いろんなことをやってまいりました。なぜかと言いますと、スポ少がなかったからです。大会もそうありません。ですから、好きなことができたんですね。今はスポ少に入って野球をやるといいますと、一年中野球をやってますよね。その子どもがもしかしたら、絵が上手かもしれない。音楽的才能があるかもしれない。いろんな可能性があるわけですよね。
実際僕は自分で、感じたことは、プロ野球に入りまして、先輩にクラブへ連れて行かれたときに、そこで、男の人がピアノを弾いたりしますよね。うわぁ、格好いいな、俺もピアノが弾けたら格好いいと思うなと、ふと思ったことがあります。ヴァイオリンが弾けてもいいし、例えば、この年になると社交ダンスができたらいいなと思いますよね。子どもの可能性を狭めないということが一番重要ではないかと思います。今、文部科学省では、いろんな遊びをさせてくださいと言っています。そういうように専門化しすぎないということが重要ではないかと思います。ということは、いろんなものと触れ合うということですね。
専門化しすぎる原因として、試合数が多すぎるということが挙げられます。年間何十試合もします。先ほどから言いますように、レギュラーは楽しいですよね。試合ができるから。スポ少の補欠の選手たちはどんな気持ちでいるのかと、ちょっと心配になるときがあります。スポ少のあり方としたら、年間の試合の数は5試合くらいに留めて、普通の練習の場を多く設けて、人間関係を学ぶなり、あいさつを学ぶなり、いろんなことを学ぶ場にしてほしいと思っています。バランスの取れた人間になれるように子どものうちから、専門家しないように気をつけてほしいと思います。
(3) 指導の仕方から学ぶこと
コーチについてお話します。みなさん、何か習い事をしていますか。例えば、これは実際にあった話なんですが、テニスのレッスンプロが、ある選手に、テニスは下から上に上げるんですよね。下まで落ちてないというのを事細かに教えたわけです、口で。肘はこう使って下からこう上げて、教えたけれども直りません、その選手は。でも難しいことをいっぱい教えてもらったから、高いレッスン料を気分よく払いました。
でも、あるコーチが、鏡を見たらと言って、鏡を見せました。すると、一瞬にして直りました。コーチ料、ただです。でも、人間の特性として難しいこと、専門的なことを言われると、お金を払いませんか。払いますよね。僕は、今まではそうでした。鏡を見せられただけで、レッスン料5万円ですと言われたら腹が立ちますよ。でも、実際の所、鏡がベストなんですね。小難しいことを言われたら、こっちが満足しているだけで、スポーツとしての体の動きは会得できないわけです。今監督としてやってますけれども、言葉で伝えてもなかなか伝わりません。ですから、一目瞭然ということがありますが、ビデオを見せたり、鏡の前でバットを振らせてみたりと考えて指導しております。
教えすぎが害になるということを、僕は今注意をしてやっております。僕が広島へコーチで行ったときに、みなさん、安仁屋さんという方をご存知ですか。沖縄出身の名ピッチャーです。その人が僕にこんな質問をしてきました。「芦沢、コーチとしての資質とは何だ。」と。僕はコーチ1年目です。「分かりません。教えてください。」と言いました。「じゃ、教えてあげる。コーチとは、黙っておくことだ。」と言われました。「えっ、教えないの。」「いや、教えるんだけれども、一週間は黙って様子を見なさい。」と言われたのです。名コーチというのは、黙っているのが名コーチだそうです。毎日毎日、気がついたことをああじゃない、こうじゃないと伝えると、選手はパニック状態に陥ります。結局何を教えているか焦点が見えなくなって、選手の上達が見込めなくなります。そういうことが今の僕を作っているわけですが、今のオリーブガイナーズの選手には、僕は、あまり教えてないと写っているかもしれません。
心の窓を開くことの大切さ
大切な事を忘れていましたが、心の窓を開くということがあります。青少年、大人もそうですが、心が広がったときというのは、人のことは聞きやすいんですよね。では、どうしたら心が広がるか、広がらない状況の例からお話します。例えば、みんなで食事会がある。対面に嫌いな人が座った。みなさん、どうですか。心のモチベーションは。キューッと小さくなっていますよね。例えば、朝の出勤時、今信号が青なので、今突っ込めば間に合うというときに、黄色から赤に変わった。どうですか、心のモチベーションは落ちますよね。朝からツイてないやということになります。そういう黄色から赤に変わった状態、対面に嫌いな人がいる状態をグランドに出たときに、僕たちが作ってはいけないということを注意しています。朝、選手と顔を合わせて、僕が難しい顔をして、選手がおはようございますと言ったとき、「おはよう。」と低い声で答えたとします。もう選手は、モチベーションが落ちます。そういう状態で何を教えても、信用が得られていませんから、選手は、聞く耳を持ってくれません。
心の状態を保つために
(1) 相手を認める
心の状態を大きく保つために、注意している事が2〜3あります。一つは見下した物の言い方をしない。先ほどから言いましたように、その子を認めた話をする。「だから、お前だめなんだよ。」「さっき言ったじゃないか。」こういう言葉を吐きますと、なかなか選手は心を開いてくれません。心の状態がいい状態、いい環境をつくるために、僕は一番重要ではないかなと思っています。
僕の紹介で先ほどありましたが、僕はいつも笑っているという印象があるらしいんですね。穏やかでニコニコしているという、でも僕はそれでいいんじゃないかと思っています。うちのリーグにいる選手はもう二十歳を越えています。僕が、いくら話のレベルを落とそうとも、選手は一線を越えてまいりません。監督という肩書きがある以上、僕が本当に間違った行動をしない限りは、僕が話のレベルを落としてもそれ以上突っ込んできません。なあなあになることはありません。選手の方から、「監督、どうですか。」と話しかけてくるようになりますと、選手も聞く耳を持っていますから、説得力は数倍増すと思います。
(2) 普段と同じ状態で接すること
指導者というものは、いかなるときも同じ状態でいなければならないということです。ということは、例えば、アイランドリーグで言いますと、親御さんたちが、見に来ますよね。そういうときに、普段と同じ接し方ができるかどうかなんです。普段、暴言を吐いていて、親が来たときに、「これこれ、こういうふうにしなよ。」と態度が変わるのは選手は見ていますよ。実際、僕が選手のときに見ていました。監督、コーチの挙動を。そして、「なんだ、あのコーチは。」というふうになりますね。親が来たときにコロッと態度が変わりますと。そうすると、もうその時点でそのコーチの信用はなくなります。普段からガイナーズはハイタッチをやるんですが、僕は、選手に頭突きを食らわしたりということをしています。これは、親が来てもやろうと思っていますが、普段と同じ状態で選手と接することが重要だと思っています。
最後に
四国アイランドリーグはまだまだ子どもです。先ほども言いましたように、子どもは認めてもらわないと、大きくなれません。アイランドリーグを認めてください。認知してください。ぜひ、みなさまに認めていただいて、アイランドリーグが大きくなるように、御協力、御支援のほどお願い申し上げまして今日のお話とさせていただきます。長い時間、ありがとうございました。
いかがでしたか、とてもよい講演でした。
私のような子どもに練習を強制させる親はよくないのかな?これも自戒することとして、私も共感できた箇所もたくさんあります。
本ブログの読者の方も簡単でよいので、今回はご意見をお聞かせ下さい。
私も次回に少しだけ感想を述べてみたいと思います。
私も何かと非力ですが、小さな東濃、中濃、愛知東部地域ぐらいを対象に少年野球に何か尽力できないか考えていますので、後々公開させていただきますのでよろしくお願いします。(おわり)



